教育美術・佐武賞

教育美術・佐武賞について

 「教育美術・佐武賞」は、公益財団法人教育美術振興会(当時:財団法人教育美術振興会)の初代理事長として、長い年月ひたすら美術教育の振興に心をくだき、生涯をかけて大きな力を尽くされた佐武林蔵先生(昭和43 年没)のご寄付によって、昭和41(1966)年に設立されました。
 現場の先生方の実践に光をあてることにより、子供と共につくりあげた優れた授業を広め、指導者の育成と、図画工作・美術科教育の発展に貢献することが本賞の狙いです。そして現場の先生方が日々の実践の悩みから見出した課題や、新学習指導要領の中から見つけた課題などを解決するために、どのような実践をしているかを大事にしています。
 本賞が契機となって、学校現場における実践活動が活性化し、研究の輪が一層広がることを願っています。

第58回 教育美術・佐武賞

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〈題名〉
特別支援学級における,子供の「思いをいかす」環境構成の在り方と授業づくり

〈執筆者〉
梶川 明子 (かじかわ・あきこ)
勤務先:山口県岩国市立愛宕小学校 教諭 (応募当時)
出身校:山口大学 教育学部 学校教育教員養成課程 美術教育

 幼稚園・保育園では,環境を通して行う教育を基に「子供の遊びは学びである」とし,子供は自発的な活動としての遊びの中で思いをつないで表現活動をしている。しかし,小学校では,表現活動において発想や構想の段階でつまずいている子が少なくない。特別支援学級でも,なかなか自分の思いがもてず戸惑っていたり,他の子の真似をして試行錯誤しているうちに時間が過ぎてしまったりする姿が見られた。このような課題から,子供の生活をみとり,「思いをいかす」という視点をもって環境設定や授業づくりに取り組むことで,創造的に発想や構想する力を育て,子供の自己肯定感の向上にもつながるのではないかと考えた。
 子供の日々の様子から,感覚や行為と素材や場所をつなげながら感性を働かせている瞬間は,図画工作科の時間だけではなく,もっと日常にあふれている,と感じた。本研究では,子供を取り巻く環境を見直し,子供同士の関わりや見つけた思いを交流する「見てみてコーナー」や,身の回りの素材を操作して楽しめる「ひらめきコーナー」をつくることで,日常的に造形的な楽しさに触れられる場とした。コーナーの設置によって,子供が諸感覚を働かせて「もの」と関わり,発想を広げると共に,自発的にコミュニケーションを図る場ともなった。
 子供の思いを読み取る方途として,生活場面の中での子供の興味・関心等を切り取った写真ドキュメンテーションを作成・掲示し,環境構成を行った。また,実践の導入で絵本の読み聞かせを行い,音のリズムやオノマトペと絵のつながりから生まれる絵本の魅力を通して子供の思いを引き出し,表現意欲を高めるようにした。表したいものを思いつくことが難しかった子供が,イメージを広げ,夢中になって創作活動に励んでいた。
 今後の課題として,日常生活の中にあふれる「もの」や「こと」,「人との関わり」について,子供たちの感性を刺激し,子供の主体的な造形活動を探求していきたい。

※論文は下記よりダウンロードできます。

第58回 教育美術・佐武賞 佳作賞

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〈題名〉
他教科領域や地域と連携し,子供がつくりだす喜びを味わう学習展開の在り方
~コロナ禍で表す「海」と「いのち」~

〈執筆者〉
村重 仁美 (むらしげ・ひとみ)
勤務先:山口県下関市立養治小学校 教諭 (応募当時)
出身校:信州大学 教育学部 学校教育教員養成課程 芸術教育専攻美術教育分野

 「海」「いのち」という題材から造形的なよさや美しさ,面白さを見出し,子供たちが自分のこれまで生きてきた経験とイメージを大切にしながら表現できる土壌で,子供たちに多様な表現活動を可能にするための指導展開を模索した一年間の授業実践の記録である。
 造形に関する子供たちを取り巻く意識と環境を調べるために,小学校3年生の本学級を対象にして2022年度初めに行ったアンケートの集計結果からは,コロナ禍にあって社会や生活とのつながりが希薄にならざるを得ない実態が続いていることがわかった。年度当初「海」や「いのち」は,子供たちとはかけ離れたものとして存在していたが,これらを表現することによって自己の表現や存在をとらえ直し,「生きる力」を身に付けてほしいと考えた。
 主題にせまるための研究の視点は次のようなものである。

ア 子供が生活や社会と豊かにつながる場があること
イ 子供が自分の感覚や行為,イメージを大切にしながら,新しくイメージをつくること
ウ 子供たちが互いの作品のよさや美しさ,感覚やイメージを交換できる場があること
エ 様々な人・場へ,自分の表現を発信する機会があること

 表現行為の観察による形成的な指導と評価,デジタルポートフォリオによる子供の自己評価,多様性を認め合う鑑賞,公共の場で自分の作品を発信する場の提供などを手立てとし,教科等連動の指導展開の中で視点に沿い実践を蓄積していった。
 成果としては,表現の造形的な多様性・それを認め合う姿や,デジタルポートフォリオの継続的な記録により,自分の表現行為を肯定しながら前向きに製作に取り組む姿が子供たちに見られるようになった。また,子供の作品やそこに付された作品の紹介文からは,「海」や「いのち」に関する表現をつくりだす喜びを支える心情の育ちが見られた。そして,子供たちのつくりだす喜びは,教師間,保護者や地域,関係機関へと共感の広がりを生み,大きくなった。

※論文は下記よりダウンロードできます。