教育美術・佐武賞

教育美術・佐武賞について

 「教育美術・佐武賞」は、公益財団法人教育美術振興会(当時:財団法人教育美術振興会)の初代理事長として、長い年月ひたすら美術教育の振興に心をくだき、生涯をかけて大きな力を尽くされた佐武林蔵先生(昭和43 年没)のご寄付によって、昭和41(1966)年に設立されました。
 現場の先生方の実践に光をあてることにより、子供と共につくりあげた優れた授業を広め、指導者の育成と、図画工作・美術科教育の発展に貢献することが本賞の狙いです。そして現場の先生方が日々の実践の悩みから見出した課題や、新学習指導要領の中から見つけた課題などを解決するために、どのような実践をしているかを大事にしています。
 本賞が契機となって、学校現場における実践活動が活性化し、研究の輪が一層広がることを願っています。

第51回 教育美術・佐武賞 佳作賞

201608_morita
〈題名〉
肢体不自由児が“自分でできる”美術の授業づくり
―《美術の実態表》と《目標の段階表》による、個別の題材目標と手立ての設定を方策として―

〈執筆者〉
森田 亮 (もりた りょう)
勤務先:千葉県立袖ケ浦特別支援学校 教諭 (応募当時)

〈概要〉
 指導者は、肢体不自由特別支援学校の中学部で、美術の指導にあたっている。やりたい気持ちや表現したいものがある一方で、四肢の障害により思うように表現できないもどかしさを感じている生徒は少なくない。“自分でできる”授業の実践は、こうした生徒の、制作活動におけるより大きな満足感につながると考えた。そのために、《美術の実態表》で、生徒が題材においてできる事を捉え、それを踏まえて《目標の段階表》で、適切な題材の目標と手立てを設定するという手続きを方策とした。本研究では、題材「たらし込み(水で濡らした画面や、乾く前の色面に、色をにじませる技法)で描こう」における事例生徒Aの変容を考察し、本方策の、“自分でできる”授業づくりに対する有効性を検証することを目的とした。
 実践では、最初は自信がもてず、制作が滞りがちであった生徒Aが、次第に道具を正しく扱って、色の広がり方や混ざり方を味わいながら一人で制作できるようになった。題材終盤では、本生徒の題材の目標「描いた色や形から描きたいイメージを発想し、色の選択や形、配置を工夫しながら模様を描く」ことが、“自分でできた”。考察では、こうした結果の要因として、最終的な題材の目標達成に向けた、段階的な目標と手立ての設定がなされたことを挙げ、両表の活用がそれに寄与していることを示した。
 完成した作品の解説にあたって、生徒Aは、「描きたいイメージ」にとどまらない、画面構成を規定する「主題(物語)」を語った。このことは、「事前にイメージした主題に基づいて画面を構成する」という新たな描き方への移行を示すものであり、本実践は生徒Aのできる事を増やす、つまり、多様な表現方法の獲得を促し、表現の幅を広げる授業となったと考えられる。以上の成果が、両表を活用した本方策の、“自分でできる”授業づくりに対する有効性の一端であると考えている。

※論文は下記よりダウンロードできます。

第51回 教育美術・佐武賞 佳作賞

201608_yokota
〈題名〉
子どもの心の安定をめざした図画工作科学習指導
~セルフイメージを高揚させるための造形活動を通して~

〈執筆者〉
横田 恭典 (よこた やすすけ)
勤務先:福岡県 筑後市立水田小学校いずみ分校 教諭 (応募当時)

〈概要〉
 ここ数年、メディアで頻繁に取り上げられるのが、幼い子どもたちの虐待や事件である。幼い命の人権が守られずネグレクトや暴言、暴力の対象にされている。そんな子どもたちの一部が、この情緒障害児短期治療施設である「筑後いずみ園」に入所し、併設されている「筑後市立いずみ分校」に転入してくる。分校の児童数は、今現在、10人と少ないが、学期の途中からでも、急な転入転出があり、1年の中でも学級の構成員が大きく変わってくる。
 転入してくる子どもたちは、どの子も概して学力面に課題を有している。セルフイメージが低かったり、正しい自己判断がつきにくく、ひどく失敗を恐れたり、人を信頼できずに人とのつながりを否定したりする傾向が強い。また、楽しさや喜び等、を心を開いて味わうことも少ないために表情が硬く、暗い。
 そんな子どもたちのセルフイメージを高め、人とのつながりを持たせ、造形活動の楽しさや喜びを味わわせたい。そのために、「自分のことに気づく」「自分を表現する」「人とつながる」の3つの視点を設定し、造形活動の実践を試みた。これは、子どもたちが自分に自信を持ち、自分の心の中を表出し、友達や周りの人との関わりやつながりを持たせることにつながると考える。このことは、情緒心理養育施設や通常学級等での発達障害を有する児童の心の諸問題を解決していく上でも重要だと考える。
 この実践を通し、造形活動の楽しさを見いだし、自分の気持ちに向き合い表現する児童の姿を見ることができた。また、子どもたちには笑顔が見られ、友達との関係や園の先生たちへの対応の仕方も変わっていった。園の先生方からは、笑顔が多くなったと成長を喜んでいただいた。心理士の先生方からは、アートセラピーとしての効果を評価し、意義を認めていただいた。

※論文は下記よりダウンロードできます。

当サイトで提供している記事・画像などの著作権、その他の権利は、原則として当会に帰属しています。
これらを無断で使用、改変等することはできません。