教育美術・佐武賞

教育美術・佐武賞について

 「教育美術・佐武賞」は、公益財団法人教育美術振興会(当時:財団法人教育美術振興会)の初代理事長として、長い年月ひたすら美術教育の振興に心をくだき、生涯をかけて大きな力を尽くされた佐武林蔵先生(昭和43 年没)のご寄付によって、昭和41(1966)年に設立されました。
 現場の先生方の実践に光をあてることにより、子供と共につくりあげた優れた授業を広め、指導者の育成と、図画工作・美術科教育の発展に貢献することが本賞の狙いです。そして現場の先生方が日々の実践の悩みから見出した課題や、新学習指導要領の中から見つけた課題などを解決するために、どのような実践をしているかを大事にしています。
 本賞が契機となって、学校現場における実践活動が活性化し、研究の輪が一層広がることを願っています。

第56回 教育美術・佐武賞

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〈題名〉
子供が絵に表す意味と指導のあり方に関する研究
―量的な基礎研究を根拠とした法則化による描画指導法の検討―

〈執筆者〉
花輪 大輔 (はなわ だいすけ)
勤務先:北海道教育大学(札幌校) 准教授 (応募当時)
出身校:北海道教育大学大学院教育学研究科 
    教科教育専攻 美術教育専修(美術科教育)

 本研究は、高田利明「人物描画等の発達にみる児童画の『形』と『意味』」(教育美術1989年8月号掲載、第24回佐武賞受賞)を先行研究として取り上げ、現代の小学生を対象とした約2,400枚に及ぶ人物描画調査結果の比較・検討とともに、同時に実施した子供の描画に対する満足感の構成要素検討のための質問紙による調査結果を根拠とし、「法則化による描画指導法」の批判的検討を通して、子供が絵に表す意味とそれに応じた指導のあり方に関する知見を得ることを目的としている。
 量的な基礎研究からは、以下の五点が明らかとなった。

①積極的・消極的によらず、様式的・記号的な表現をする児童がどの学年でも一定の割合で出現することから、子供の描画類型は増加している。
② 高学年でも観面混合が一定の割合で出現することから、児童期後期での再現的で形態模写的表し方への移行の過程には遅延がある。
③物語性やポーズを伴った「表したいこと」や「表現上の工夫」を描く子どもが学年進行と共に増加している。
④6年生男子の「表したいこと」の改善は喫緊の課題である。
⑤描画の満足感は、表したいことと表現上の工夫の一体化が鍵である。

 それらを根拠とし、法則化による描画指導法は子供が「表したいことを絵に表す」ための指導の要件を満たしていないこと、更には子供の画期や発達の段階と関係なく実施されたり、表現内容そのものや表現方法を教師が与えたりするような一斉描画指導の根本的な意義や指導に至る考え方、指導法には是正が必要であるとの結論に至った。
 最後に研究の総括として、子供が「表したいことを絵に表す」ための指導の具体策を以下の四点にわたり提案した。

1.子供の自己内対話を想定した授業づくり
2.子供の思考に働きかける発問の精査
3.行為から発想を思いつく機会・人間関係の保障
4.再現的表現の価値観の再考

※論文は下記よりダウンロードできます。

第56回 教育美術・佐武賞 佳作賞

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〈題名〉
生徒の主体的な社会参画意識と創造性を育むプロジェクト型学習カリキュラムの実践と検討

〈執筆者〉
西澤 智子 (にしざわ さとこ)
勤務先:香川県立高松東高等学校 教諭 (応募当時)
出身校:京都精華大学美術学部造形学科日本画科
    香川大学特殊教育特別専攻科

 世界中で情報テクノロジーを中心に社会構造が変化しており、今後も急速な変化が予想される。そのことは、これまでに予想もしなかった新しい問題が起こる可能性が高いことを示している。そのため、未来の社会を生きる生徒には、これまでにない新しい視点から問題を発見し、創造的に問題を解決する能力が必要であることは明確であり、その能力を学校教育の中で培う題材や指導方法等の開発が社会から求められているとも言えよう。
 ただ、これらの能力は、生徒が自らの意思で決定し、計画・実行する学習活動の長期的な連続性を伴う指導から育まれると考える。なぜなら、社会での問題や主題は生徒自身で見出すものであり、短期間ではできるものではないからである。
 幸いなことに美術の授業では、主題に対して想像したものや理想を形にするために計画を立て、諸感覚を伴う造形活動を行いながら完成に向けてつくり上げていくといった一連のプロセスによって価値の獲得が繰り返される。自分の夢や目標の実現に向かってやり遂げるプロセスから身に付く能力とこれからの社会に必要とされている能力との融和性は高いと考える。そこで、美術教育でこの能力を育むことを目指して、人格形成において必要であると思われる共感性等の要素から、まずは生徒の心を育てることに焦点をおく。そして他者や社会にある多様性を受容することから感じられる社会の違和感から問題を発見し、創造的に解決する力を培う3年間のカリキュラム構成と実践を試み、検討した。造形活動を伴う創造的な問題解決学習を積み重ねた結果、3年生でのチーム学習では、社会の問題を独自の視点で見出す生徒が多く見られた。
一例として選挙に注目したチームは、投票行動を通して社会形成に参画することの意義を理解し、若年層の低投票率に対する問題解決にクラス全体で考える学習へと発展させることに繋がった。生徒の内面が変容することで、社会を見つめる新たな視点を獲得し、新たな課題や学びを生成するデザインを生徒自身で行い、プロジェクトを実行するに至った。

※論文は下記よりダウンロードできます。