教育美術・佐武賞

教育美術・佐武賞について

 「教育美術・佐武賞」は、公益財団法人教育美術振興会(当時:財団法人教育美術振興会)の初代理事長として、長い年月ひたすら美術教育の振興に心をくだき、生涯をかけて大きな力を尽くされた佐武林蔵先生(昭和43 年没)のご寄付によって、昭和41(1966)年に設立されました。
 現場の先生方の実践に光をあてることにより、子供と共につくりあげた優れた授業を広め、指導者の育成と、図画工作・美術科教育の発展に貢献することが本賞の狙いです。そして現場の先生方が日々の実践の悩みから見出した課題や、新学習指導要領の中から見つけた課題などを解決するために、どのような実践をしているかを大事にしています。
 本賞が契機となって、学校現場における実践活動が活性化し、研究の輪が一層広がることを願っています。

第55回 教育美術・佐武賞

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〈題名〉
美術がつなぐ、子ども・地域・学校
~学校現場が模索した教科融合型学習の試み~

〈執筆代表者〉
永松 芳恵 (ながまつ よしえ)
勤務先:大分県臼杵市立佐志生小学校 教頭 (応募当時)
    前任校:大分県津久見市立第一中学校 教頭
出身校:大分県立芸術短期大学美術専攻科
    大分大学大学院教育学研究科

〈共同研究者〉
藤井 康子 (ふじい やすこ)
勤務先:大分大学 准教授(美術教育分野) (応募当時)
花坂 歩 (はなさか あゆむ)
勤務先:大分大学 准教授(国語教育分野) (応募当時)

 本研究は、2017年度より、津久見市教育委員会、大分大学、大分県立美術館、津久見市立第一中学校が協力し、地域の教育資源を活用しながら、アート(美術科)と言葉(国語科、英語科)を軸に「色」を共通項とした美術科・国語科・理科・英語科・総合的な学習の時間との教科融合型学習を開発・展開してきたものである。本稿では、そうした教科融合型学習の取り組みが現場の教職員に成長をもたらし、さらには学校経営改革まで至ったプロセスを追いながら、教科融合によって発展していった取り組みの具体的な内容について報告する。
 当初、2021年実施である新学習指導要領(平成29年度告示)の教育理念について「開かれた教育課程」はもとより、教科横断的な学習に対し、現場の理解は薄かった。教職員間の連携も足りず、不登校生徒などへの指導が遅れがちな実態もあった。そこで、「アートと言葉」をテーマとした教科融合型学習の取り組みも含め、教師一人一人の役割を明確化し、授業改善の「場」の設定に努めた。その中で開発した授業は、教科間や社会とのつながりを生み出す授業となり、「ふるさと再発見」や学校全体で「未来の大人」を育成するものへと変容していった。
 生徒たちは津久見の自然の「色」に触れ、新たな色名を考え出したり、市内無人島(網代島)の岩石の成分を分析したり、地域の魅力を発信する文章を日本語や英語で考えることに取り組んだ。こうした学びは、美術科の感じる心と創造力、国語科・英語科の思いや考えを言語化する力を融合的に結びつける。「教科融合」の概念は教科の枠組みを超え、生徒たちに多様な学びをもたらすきっかけを与える。
 本実践研究における特筆すべき成果は次の3点である。

1.子どもの変化(協働的な学びによる生徒間の絆の深まり)
2.教師の変化(教科・学年を越えて手を取り合う姿)
3.地域の変化(地域の企業との関わり)

 今後の課題は、これまでの取り組みを持続可能な取り組みへと改善していくことである。  

※論文は下記よりダウンロードできます。

第55回 教育美術・佐武賞 佳作賞

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〈題名〉
表現力を高めるための「対話的な活動」の工夫
―ピクトグラム制作を通して―

〈執筆者〉
岡本 真梨 (おかもと まり)
勤務先:新潟県長岡市立南中学校 教諭 (応募当時)
出身校:大分大学教育学部 中学校教員養成課程美術専攻

〈概要〉
 本研究は、表現力を高めるため、ピクトグラムを題材に、制作の全過程に対話的な活動を取り入れたものである。そして、対話的な活動方法を工夫することで美術的な「見方・考え方」が十分に働き、深い学びにつながることを目指す。対話を促すための手立てとして、制作過程に鑑賞活動を複数回組み込むこと、ワークシートの工夫を行うこと、学習のまとめとしての相互鑑賞を工夫することの3点を行った。
 本研究は、平成29年に、主題に基づいて班でアイデアをまとめながら一つのピクトグラムを制作する共同制作から始まった。しかし、その際に一部の生徒がアイデアを練る段階で手が止まってしまう様子が見られた。このような生徒の振り返りの記述には、「何をどう表せばよいかわからない」、「イメージしたことを形にできない」ことが原因で構想に時間がかかり、活動に消極的であったことがわかった。
 そこで、平成30年度から個人制作へ移行し、2年に亘って構想段階のワークシートや鑑賞活動の取り入れ方を見直し、改善を重ねた。制作活動の中に、表現力を高めることをより鮮明に意図した対話的な鑑賞活動を複数回取り入れることで、学びを深め、生徒の表現力を向上させることとした。その手立てとして、授業の全体計画の中に鑑賞活動を意図的に取り入れた構成にした。また、制作時に自作品のアイデアの変化を感じ取れる比較鑑賞を容易に行えるようワークシートを工夫し、デザイン上のポイントを実感させながら本制作につなげられるようにした。まとめの鑑賞活動では、班活動から学級活動へ、さらに全校での鑑賞活動を経て実際に校内のピクトグラムとして作品を掲示する活動を行った。本研究は、これらの手立てから生徒の学びが深まり、表現力が高まっていった様子を「生徒の様相からの分析」としてまとめたものである。

※論文は下記よりダウンロードできます。

第55回 教育美術・佐武賞 佳作賞

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〈題名〉
「深い学び」に繋がる中学校美術科の授業
~造形要素と制作過程を軸にした授業改善と実践~

〈執筆者〉
堤 祥晃 (つつみ よしあき)
勤務先:滋賀県高島市立安曇川中学校 教諭 (応募当時)
出身校:滋賀大学教育学部

〈概要〉
 図画工作科や美術科の授業は、「作品をつくり出すこと」が目標ではなく、活動を通した様々な学びを目標としている。しかし、作品を制作させることを目標としているのではないかと推測される実践をしばしば見かける。筆者は、美術不要論など美術教育の危機的状況を招かないために、「学び」を軸とした中学校美術科の授業を実践し、実証を重ねてきたが、学びの“質”に着目し、質の高い学びを実現するための方策についてさらに研究を進める必要があると考えた。本研究は、継続してきた研究をベースにして、「深い学び」の実現に向けて、授業の「導入、制作、振り返り」の場面において指導の工夫を行ったものである。導入段階の工夫としては、生徒に造形要素を意識させるような活動を取り入れた。制作段階の工夫としては、生徒の探求活動を保障するために、試行錯誤の時間を十分保障し、活動しながら主題を模索できるようにした。また、「アイデアスケッチ」を廃止し、実際の作品制作と同じ素材で様々なことを試すことができるように「試作品(習作)」を制作させた。振り返り段階での工夫としては、作品の主題と造形要素・技法との関係性を探るような相互鑑賞活動を取り入れた。その結果、生徒の多くが材料に触れて試行錯誤しながら表現を工夫することを楽しみ、主題と造形要素の関係を探りながら、自分なりの表現を探求していく姿に繋がった。また、表現と鑑賞の相互作用から、生徒の「造形的なものの見方・考え方」が深まったと感じる場面も見られた。しかし、生徒自身が「深い学び」を実感し、造形的な視点をもつことの意味や価値に気付く段階までは到達してはいない。今後の課題として、造形的な視点が自身を豊かにしていることを実感できるような実践や、身体感覚や行為を純粋に楽しむ中で、表現することの意味や価値を見つけ、自分なりの表現を楽しめるような授業づくりを研究する必要がある。

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